「またえりも岬ブームが到来?」と、思ったら嬉しくて~~。
「お~っ!バスを待つのに並んでるなんて~~~」
先日のことですが買い物帰りにこんな光景を見ました。
それも殆どの人が「中年」の観光客ばかり?(ま~ぁ早い話、私と同じ?)
昭和12年の8月にやっと様似~浦河間が開通して
日高本線の全面開通がなされ
様似町の活気はここから始まったと言っても良いかな?
昭和の37年~45年位にかけて「えりも岬」が一番賑わった頃。
学校帰りに駅前を通ると沢山の観光客(蟹族と呼ばれた)が列車から降りて
「えりも岬」行きのバス(7台~8台位)を何列にもなって待っていた。
やがて「♪何も~ない、春です~~~~♪」と森進一に歌われて
しまってからは段々とその賑わいもなくなり寂しい駅前になっていった。
「それがまた復活してきてる?」
上の2枚の写真がその証拠で~す
今度は列車からバスに乗り換えて「えりも岬」に行くところでした。
お父さんが「20代の頃にえりも岬に来た人が40年位経った今ふたたび
思い出を辿ってやってきたんだべ~」と言ってますが
指を折って数えてみたら私と同じ歳の人達で間違いないね~。
そう言えば駅前民宿に泊まるお客さんも最近では中年のひとり旅か
退職してから旅を始めたご夫婦が多いです。
今日は様似駅の今昔をおみせしま~す
様似町役場の裏に昔は汽関車の方向転換機がありました。
昔
今
あり沢山のバスがここから発着していました。
今はもう廃業していますがお寿司の「藤乃家」さんがあったところに
この営業所の事務所がありました。
昔々の様似町の大通り地区も見てくださいな?
今の大通り地区(濃霧がかかりアポイ岳も町並みも全く見えませんが)